マンガ包囲網 ─政官業民一体で推進される表現規制の多重構造─(前編)

これは私が青林工藝舎『アックス』の「第12回マンガ評論新人賞」で奨励賞を受賞した論文です。

マンガ包囲網 ─政官業民一体で推進される表現規制の多重構造─

●序論
 ここ数年に渡って漫画やアニメへの表現規制の波が立て続けに起きている。
2010年12月15日には東京都青少年健全育成条例改正案(以下、都条例)が成立し、さらに2011年には、『児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律』(以下、児童ポルノ禁止法)改正案の審議が予定されている。

 また2009年には国連の女性差別撤廃委員会が出した日本政府への勧告に、性描写のある漫画やアニメの法的規制要求が盛り込まれた。
 これら一連の表現規制を推進している団体は政党や警察庁などの官庁、また日本ユニセフなどの民間団体など様々である。彼等の活動は地方条例や国の法律による規制の働きかけや、大手マスコミを動員したキャンペーンなど多岐に渡っており、これにさらに外圧が加わる形になっている。団体構成や活動内容は違えど、その矛先は漫画やアニメの性表現規制に向けられている点で、全て一致している。
 こうした一連の表現規制は一体どの様にして形作られていったのだろうか?
 筆者は約十年近く、表現規制反対運動に身を置いてきた。その立場から見えてきた「表現の自由包囲網」ともいうべき、表現規制推進の背景にある政治的動向について紹介し、今後の対応策への材料を提供したい。


純潔教育とポルノ廃絶、児童ポルノ規制運動の始まり
 元々漫画やアニメは政治や世論の批判を受けてきた。例えば1955年の悪書追放運動や、1990年の有害コミック騒動等である。しかし特に「18歳未満の児童」(以下、児童)に見えるキャラクターの性描写に焦点を絞り、より顕在化してきたのは1999年に成立した児童ポルノ禁止法からであろう。

 それまでは規制の論拠が「青少年の健全育成」であったのに対し、この時生まれた「児童ポルノ」という用語は、性的虐待や性的搾取から守るという大義の元、「児童を性的対象とみなす事自体を問題視する」という新しい論拠を作り上げた。これがマスコミや世論の支持を大いに得る事になり、「表現の自由包囲網」という枠組みを作り上げる大きな原動力になった。

 この枠組みを作った主要団体が、1992年に発足した国際エクパットの公式関連団体である『ECPATストップ子ども買春の会』(現ECPAT/STOP Japan。以下、エクパット東京)である。同会は国際児童保護を目的とした国際NGOECPATインターナショナル』(以下、国際エクパット)の下部組織であり、また『日本キリスト教婦人矯風会』(以下、矯風会)と強い関係を持つNPOである。その代表には矯風会の性・人権部幹事であった宮本潤子が就任している*1

 矯風会は今から約125年前に設立された日本で最も古い婦人団体で、戦前より禁煙・禁酒運動、婦人参政権運動、そして中でも廃娼運動や、ポルノや婚前交渉を否定する純潔教育に力を入れてきた*2。また彼らは自分達の主義主張を政策として具現化させる為に、行政に積極的な働きかけを行ってきた。

 例えば1928年に内務省に、婦人雑誌に掲載された性愛記事の取締りと検閲の強化の請願を提出し*3、また1947年には文部省に働きかけ、純潔教育委員会を設置させている*4

 当然彼らはポルノに対しても規制推進の立場を取っており、1984年7月31日の参議院地方行政委員会に、参考人として招致された矯風会理事の高橋喜久江は、席上「ポルノ産業その他は駆逐されるべき」と発言している*5

 かくてエクパット東京矯風会と同様、ポルノの法規制運動を始めた。彼等が目をつけたのは、1990年代当時、国際的な注目が集まりつつあった、児童買春・児童ポルノ問題であった。すでに欧米では「性的的搾取・性的虐待からの児童の人権保護」という目的のために、各国が児童ポルノ禁止法を制定していたが、東南アジアでの児童買春観光ツアーの主要顧客が日本人である等から、日本に批判が集まりつつあった。

 恐らくエクパット東京は「性的的搾取・性的虐待からの児童の人権保護」という主張であれば、ポルノ規制に対する世論の支持を得やすいと考えたのであろう。まず1995年に「日本国内の書店、コンビニで販売されている児童ポルノの実態調査」を行い、規制への足がかりとした。この調査で彼等は、全国32市町村約110店舗のコンビニエンスストアの約97%で、児童ポルノが販売されていたという調査結果を発表している*6

 しかしライターの鳥山仁はこれについて、当時すでにコンビニや一般の書店では、実在の児童を使ったポルノはほとんど販売しておらず、存在していたのは成人がセーラー服などを着たポルノ雑誌等であり、彼等はこれらを児童ポルノと見なして調査数値に換算していったのではないか、と疑問を呈している*7


児童ポルノ禁止運動と自民党の連携
 エクパット東京はこの調査結果を1996年スウェーデンで開催された『第一回児童の商業的搾取に反対する世界会議』で発表し*8、日本は世界最大の児童ポルノ大国であると会議で批判を浴びた*9。未だに新聞紙上などで見られる「日本は主要な児童ポルノ大国」という批判は、この時に作られたものだ。これが原因となり自民党社民党、さきがけの連立与党3党は、1997年児童ポルノ禁止法制定に向けたプロジェクトチームを立ち上げた*10

 問題はこのプロジェクトチームの中心が自民党であった事である。自民党有害コミック騒動時の1991年に、『子供向けポルノコミック等対策議員懇話会』を設立し、いわゆる成年向けコミックを法規制しようとした過去があった。

 それまで掲げていた「青少年の健全育成・有害情報の排除」という論拠では難しかった規制が、「児童を性的対象にする事自体を問題視する」という新たな論拠によって、可能となったのである。児童を性的対象とみなす事自体が問題なのだから、実写だけでなく児童の性描写を描いた漫画やアニメも、同様に規制できるはずだという訳である。
 かくて自民党を中心とするプロジェクトチームが作成した児童ポルノ禁止法原案は、エクパット東京の意向に沿う形になり、条文には実在する児童の性的写真や動画だけでなく、単純所持規制や、18歳未満の児童に見えるキャラクターの性描写を描いた、漫画やアニメの規制が盛り込まれた*11

 この様に、実在する児童を性的的搾取・性的虐待から守る目的だった児童ポルノ禁止法は、いつの間にか自民党パターナリズム的な青少年の健全育成志向が色濃く出た、一種のメディア規制法となっていた。

 ところがこの原案は成立しなかった。これに危惧を抱いた市民団体『マンガ防衛同盟』や、社会学者の宮台真司などが反対の声を上げ、反対世論を作り上げていったのである。これにより家西悟衆議院議員枝野幸男衆議院議員らを中心とした民主党と、中川智子衆議院議員保坂展人衆議院議員らを中心とした社民党が、単純所持規制と漫画やアニメの規制に対して反対し*12、結果としてこの二点を外した形で修正が行われ、1999年にようやく成立した。

 しかしこの結果は大いに禍根を残すものとなった。エクパット東京にとっては漫画やアニメも、児童を性的対象とみなすポルノとして駆逐すべき対象であり、自民党としても「青少年の健全育成・有害情報の規制」という観点から、単純所持規制と漫画やアニメの規制が、不可欠だったからである。しかし成立した児童ポルノ禁止法には「三年ごとに改正する」という一文が加えられており、彼らは次の改正での挽回を狙う事となる。

 興味深いのは先述した「表現の自由包囲網」の雛形が、この段階で作られており、すでに政権与党と民間団体、そして国際的批判という外圧の三つの要素が揃っていた事であろう。


エクパット東京日本ユニセフとの共闘関係
 次期改正を狙い、次にエクパット東京が関係を深めたのは日本ユニセフであった。両団体の関係が表面化したのは、1997年に開催されたスウェーデン大使館・日本ユニセフ協会主催『ストックホルム世界会議・フォローアップ会議と国際シンポジウム』からだ。1999年の児童ポルノ禁止成立までは、幾つかのシンポジウム等を共同開催し、最初の児童ポルノ禁止法改正時期を迎えた2003年には、呼びかけ団体に日本ユニセフが、呼びかけ人にエクパット東京代表の宮本潤子が参加し、共に『「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び保護等に関する法律」の改正に向けた要望書』を国会に提出するまでになっている*13

 やがて日本ユニセフエクパット東京と共同歩調をとっていくようになっていき、児童ポルノ問題での活動も、次第に実在の児童の保護や被害のケアよりも、むしろ漫画やアニメの規制運動に大きく重点を置く方向に向かっていく。
 この様に児童ポルノ問題において、漫画やアニメの規制を重視する傾向に対し、弁護士の奥村徹は「国内のNPOは規制を強く求めた割には被害児童の救済に動かない。単純所持罪とか二次元を規制しても、被害児童を救済する気がない」と批判している*14
 こうして両団体は密接な協力関係を結ぶ事で、彼等の活動範囲は次第に拡大していった。

 しかし法規制への世論の支持が急激に広がったわけではなかった。最初に迎えた2003年の児童ポルノ禁止法改正においても、単純所持規制への支持は取り付けたものの、漫画やアニメへの規制に対しては、自民党内からも「規制するには根拠が乏しい」という声が出る有様だった*15
 また市民団体『NGO-AMI』などが主導する規制反対運動も活発化し、同時に民主党の反対もあって、翌年成立した同法改正案は刑罰を重くする等の、若干の規制強化に終わっている。しかしそんな状況下にあったエクパット東京日本ユニセフにとって、活動を著しく拡大させる大きな契機が2005年に訪れる。

 それは警察庁生活安全局の存在であった。

後編に続く

*1:落合恵子(2002年)『小さな手、折れた翼: 子どもの性的搾取・虐待をなくすために 増補版』国土社/89P。

*2:鹿島光代(1986年)『日本キリスト教婦人矯風会百年史』ドメス出版/797,801P。Запретная Зона「婚前セックル禁止じゃゴルァ」http://news410.blog104.fc2.com/blog-entry-56.html /2011年1月30日。

*3:「女性雑誌の性記事取締を請願」『東京日日新聞』1928年7月19日/夕刊。

*4:鹿島光代(1986年)『日本キリスト教婦人矯風会百年史』ドメス出版/1034P。

*5:国会会議議事録検索システム「参議院会議録情報 第101回国会 地方行政委員会 第21号」http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/101/1050/10107311050021c.html /2011年2月1日。

*6:ECPAT/ストップ子ども買春の会「活動年表1996年7月」 http://old.ecpatstop.org/04act.htm /2011年1月20日、日本弁護士連合会「子どもの権利条約に基づく第1回日本政府報告に関する日本弁護士連合会の報告書」 http://www.nichibenren.or.jp/ja/kokusai/humanrights_library/treaty/child_report-1st_jfba.html /2011年1月20日

*7:警察庁の『漫画・アニメ・ゲーム表現規制法』検討会問題まとめ @Wik 「誰のための法律か?『児童ポルノ禁止法』に関する基礎知識( 前編)」http://www11.atwiki.jp/stop_kisei/pages/41.html /2011年1月20日

*8:ECPAT/ストップ子ども買春の会「活動年表1996年8月」 http://old.ecpatstop.org/04act.htm /2011年1月20日

*9:森山真弓(1999年)『よくわかる児童買春・児童ポルノ禁止法』ぎょうせい/15,16P。

*10:森山真弓(2005年)『よくわかる改正児童買春・児童ポルノ禁止法』ぎょうせい/21P。

*11:衆議院「第一四二回 衆第二六号 児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律案」http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g14201026.htm /2011年2月1日。

*12:鎌やん(2000年)『アニマル・ファーム』コアマガジン/164,166P。

*13:財団法人日本ユニセフ協会「「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び保護等に関する法律」の改正に向けた要望書」http://www.unicef.or.jp/about_unicef/advocacy/his030210.html /2011年2月1日。

*14:奥村徹弁護士の見解「結局、被害児童救済は進まない」http://d.hatena.ne.jp/okumuraosaka/20080607/1212795452 /2011年2月1日。

*15:ARC平野裕二の子どもの権利・国際情報サイト「「児童買春等禁止法改正に関するユニセフ公開セミナー」(2003 年6月9日) の報告と疑問点」http://homepage2.nifty.com/childrights/yujihirano/opinions/sexualrights/seminar030609.htm /2011年2月1日。